
第3回 遠くとも一度は詣れ善光寺
地域が守る彌七の墓 世界遺産で有名な石見銀山に程近い熊見村で生れ育った彌七は仲良しで三つ年下の権六と二人村人の見送りを受けて文政十一年...
地域が守る彌七の墓 世界遺産で有名な石見銀山に程近い熊見村で生れ育った彌七は仲良しで三つ年下の権六と二人村人の見送りを受けて文政十一年...
中原の集落は善光寺道の中程に位置し、善光寺平から急な山手にさしかかる猿ヶ馬場峠麓の集落、人や荷物を運ぶ中馬が住む「中馬の里」として栄えたとこ...
善光寺道で一番険しい猿ヶ馬場峠を往来する旅人の安全を確保するために松代藩は峠の開けた場所に三千坪の土地を三軒の農民に与え、その代替えとして峠...
燧石茶屋(ひうちいしちゃや) 善光寺道名所図会より抜粋、一八丁下りて燧石に茶屋あり、名月屋寅蔵という。座敷の床に大岩を作り込んで壁の代...
のぞきと大井茶屋跡 中原部落より峠を目指して上り、茶屋跡群入口に開けた場所が現れます、この場所が「のぞき」であります。当時から旅人を見...
旅人を守った山寺開眼寺 峠入口左の大きな杉の木と石段が開眼寺のシンボル、こじんまりとした本堂、何時でも入室可能な坐禅堂(更級槐安窟)、...
聖高原県立公園に指定されたのが昭和40年、最近公園計画変更の動きがあります、時代と共に見直しが必要と思います、当時は聖湖まで屋代駅から定期バ...
善光寺道を語るとき西方に位置する佐野について説明しないと歴史を守り伝えた先祖に顔向けが出来ませんので伝承も含めて語ります。 西行法師は...
1年間「ちくま未来新聞」へ掲載しましたが内容はいかがでしたでしょうか、1回目から10回目まで当ホームページに掲載しておりますのでお読み頂けれ...
4月20日桑原治田神社の春祭り、各地区幟を上げてお祭りの雰囲気、地域の産土の神である治田神社(上宮)神社本殿で氏子総代による豊作祈願、神楽奉...